2009年1月25日 オバマ大統領の演説

昨年末にオバマ大統領の演説集をアマゾンで購入して、息子たちと聞いていますが、本当にことばというのは使い方によってはなんと人の心をうつのだろうと感心します。朗々とした声でリズミカルに、時には強弱を、まるで音楽のように心地よく、先日の大統領就任演説でも多くの人の熱狂の中本当にすばらしい演説でした。たまに人の前でしゃべると、どもってしまい、言いたいことの半分も言えない人間としてはうらやましい限りです。ただこれは天性のものもあるのでしょうが、彼が政治家として身につけた技術であり、敬意を払うべきものなのでしょう。

一方で、まるで宗教のようでもあり、だまされてはいけない、全てを信じてはいけないという声も聞こえてきます。一見うそっぽくはないですし、本当に誠実そうにみえるのですが、何かをいうたびに「ウォー」という叫びと拍手に包まれる演説の場というのはやはり異常です。暴走まではせずにほどよく世界を引っ張っていってくれればいいのですが、うまくいくのでしょうか。

演説の内容には大変すばらしい言葉が含まれています。「重大な決断を先延ばしにすべきでない」「新しい責任の時代」など日本の政治家にも聞いてもらいたいと同時に自分でもかみしめていきたいことばです。次の世代に莫大な借金だけが残らないように真剣に考える時なのかも知れません。しばらくの間は大統領就任演説を聞きながら自転車をこいでいこうかな、と思います。

2009年1月16日 墜落と不時着

今朝、テレビではニューヨークの飛行機事故を報じており、旅客機が川に墜落したが、乗客、クルーなどは全員無事のようだという主旨のニュースを報じていました。テレビの論調に時おり悪意を感じるのですが、この墜落という言葉にもそういうものを感じました。両側のエンジンの故障という大変な事態に川に不時着、もしくは着水した機長、クルーに対し、墜落ということばはあまりに失礼だと思います。墜落した飛行機の乗っていた人々が全員無事、という文章に記事の原稿を書いた人は違和感はないのでしょうか。

ともかく、非常事態に多くの人々(地上の人々も含めて)を救った機長はじめクルーに拍手を贈りたいと思います。乗客の皆様の幸運にも!

2009年1月1日 新年おめでとうございます

明けましておめでとうございます

皆様のおかげを持ちまして、当院も三年目の正月を迎えることができました。今年もより良い医療を提供できるよう努力していきたいと思います。

自分が受けたい医療を提供する、という初診を忘れず、出来る限り少ない待ち時間で、比較的安い治療費でいい医療が受けられるよう努力していきたいと思います。

本年もよろしくお願いします。

                                 野田泌尿器科クリニック 野田雅俊

2008年12月15日 12月12日にいただいたご質問

先日、お問い合わせをいただき、指定のアドレスに返事をさせていただいたつもりなのですが、なんど送っても帰ってきてしまいます。こちらの不具合かもしれませんが、とりあえずご返事できなかったことをご報告させていただきます。ただ前医の治療内容が適切かどうかということでしたが、詳しい症状や検尿の所見(膿のぐあいや菌の種類など)がわからないと判断は難しいです、ととりあえず申し上げておきます。

よろしくお願いします。

2008年12月6日 忘年会の季節

開院して3度目の年の瀬があっという間にやってきました。今日は医師会の忘年会です。名古屋の駅から伏見までの道のりを歩いてみましたが、イルミネーションがきれいで、寒い中多くの人出であふれていました。ホテルの中も、宴会場はすごい人の数でした。他にも忘年会、結婚式などが何件もあったようです。パーティションで区切った今風のホテルと違い、柱や壁にも装飾の施された中に、趣のある絵や工芸品が飾られた会場は伝統を感じさせてくれました。料理も、素敵なフレンチで、これほどたくさんの料理をよく品質を維持してだせるものだと感心しました。来賓の方が多い分だけ、挨拶はすこし長めでしたが、その後2時間あまりは食事を楽しみながら、いろいろな方と話ができました。2年前には知らない方ばかりでしたが、顔見知りの方もずいぶん増えてきました。ひとりの医者の知識、ひとつの診療所の設備には限りがあります。横のつながりを大切にして、ひとの知恵と技術、よその医院、病院の設備を利用させてもらいながら、よりよい医療を提供できたらな、と思います。

さて、今年も年越しのカウントダウンが始まりました。やらねばならないことをリストアップし、うずたかく積まれた未整理の書類や本を片付け、大掃除をしなければなりません。前にも書きましたが私のもっとも苦手とする分野です。それでも先送りは問題解決にはなりません。少しずつでも、がんばっていこうと思います。

2008年11月19日 政治家のモラル

すでに世間では十分に報道されている問題ですが、東京の産科救急において、数病院に受け入れを断られ、収容が遅れたことに関し、某大臣が「医者のモラルの問題だ。忙しいだの医者がたりないだのいうのはいいわけに過ぎない。」とテレビで発言しました。あちこちから大変な抗議を受けた後、「医療に携わる皆様に誤解を与えたことにお詫び申し上げ、発言を撤回します」というお詫びコメントを代読という形で発表しました。さて、口が滑って、よく知りもしないことに失言をしてしまったのでしょうが、「誤解を与えた」というなら撤回はせず、自分のことばの真意を説明し、正しく発言の意味を理解してもらわなければいけないのではないでしょうか。誤解を与えたという表現には「本当は私の発言は間違っていない」という意図を感じます。正しくは「実情も知らないで失礼なことを言いました。私の発言が間違っていましたので取り消させてください。」と自分の口でいうのが今回の失言に対する正しい撤回のしかたではないでしょうか。さて、この大臣が辞任を求められないというのは、内閣がそういう考えということでいいのでしょうか。それとも「そんなたいした問題ではない」と思っているのでしょうか。政治家のモラルの問題かな、と思います。

2008年11月14日 TBSの考える勤務医の年収

今日朝、テレビをみていると阪南病院の勤務医が当初約束されていた給料の見直しをいわれ8人で辞表を提出したというニュースをやっていました。約束した給与を市長が変わったから見直しというのも十分ひどい話ですが、私がひっかかったのはその経緯の説明で、もともと経験5年目の医者が年収1200万円だったのが、歩合給を採用して民間病院並みの年収2000万円になった、というのをさらりといったことです。(この病院が医者確保のため提示したのなら、高いなあとは思いますがそれは約束なのだから払わなければいけないでしょう。それこそ落ち度がなければやめるまで払うのが常識と思います。)この5年目の民間病院並みが2000万円というのは、いったいどこの国の話なのか?と思います。世の中の人はこういう報道をみて、勤務医は大変、大変というけれどもずいぶんもらっているのだなあ、と思うのでしょう。給料は病院によりさまざまと思いますが、多くの5年目の医者は500万〜600万程度と思いますし、私は20年以上勤務医をさまざまな病院でしてきましたが、一度もそんな給料をもらったことはありませんでした(それに近い給料をもらったこともありません)。身のまわりにも多くの勤務医がいますが、5年目でそこまでたどりついた人の話は聞いたことがありませんし、50代の部長、院長クラスでもごく少数というのが現状と思います。本当にこういうコメントには悪意を感じます。

自分の知らない世界の話には思わずそうかな、そうなんだな、と思ってしまうところも多いのですが、この手のニュースバラエティを見る時にはまゆにつばをつけてみていかなければいけないな、と思います。

2008年11月3日 柔道と剣道

今日たまたまつけたテレビで剣道の選手権をしばらくのあいだ見ていました。私は中学から高校まで柔道をやっていて、(どちらかというと弱く根性のない部員ではあったのですが)いつもとなりでやっている剣道も、(やったことはないのですが)それなりの興味をもってみていました。剣道は今でも試合が終われば一礼して淡々と面をはずし、素人には(旗をみていないと)どちらが勝ったのかわかりません。そこには勝利の笑みもなければガッツポーズなど無縁です。その姿は武道で自分を磨く修行者そのものです。さて、たまたま今日、柔道の金メダリストが総合格闘技に転ずる話が話題を呼んでいました。転向は勝手であり、マスコミ受けするコメントも(多少頭が悪く見えることを気にしなければ)自由といえば自由なのかと思います。ただ、柔道はもはや武道ではなくなったのかな、というちょっと寂しい思いはします。これは彼を見て思うだけではなく、相手を豪快に投げ飛ばしてガッツポーズをしながらたたみの上をかけまわって喜びを表現する女性金メダリストをみても思いましたが。柔道は国際的スポーツとして世界中に広がり、剣道とは比べ物にならないほど発展しているともいえます。これはこれですばらしいのだとは思うのですが、武道の持つ精神まで含めての修養(お前が極めたのかというツッコミはなし)という側面はもう求めてはダメということなのでしょうか。チラッとみただけでいうのは軽率かもしれませんが、剣道にはまだそのこころがありそうにも見えます。今から防具をつけて剣道をしようというわけではありませんが、全日本の試合などテレビ中継をみていこうかなと思いました。

2008年10月8日 弱小球団の星

パリーグの日程が終わり、最多勝と防御率のタイトルを楽天の岩隈投手が獲得しました。プロ野球をよく見るわけでもなく、楽天のファンというわけでもないのですが、楽天のスタート当初から岩隈投手は気になる存在でした。近鉄とオリックスの合併により1球団をつくる、という発想において良い選手を集めオリックスバファローズをつくり、残った選手を主体で新球団楽天をスタート、ということが行われたのですが、当然のごとくバファローズにさそわれた岩隈選手は、だんこ拒否し旧オリックスの仲間と楽天へ行く道を選んだのです。当初は(弱小球団をバックにし)勝ち星に恵まれず、不遇のスタートでしたが、今年はそれを乗り越えて21勝をあげ、最多勝を獲得し、楽天を最下位から脱出させたのです。もちろん楽天自体が成長したこともあると思います。一時は首位争いもしていましたし。岩隈選手の選択は、多くの選手が自分が育った球団を捨てて東京の某球団を目指す中、得な生き方ではないのかも知れませんが心うたれるものがありました。日本中の弱小企業、団体などで、私のように共感した人はきっと多いのではないかと思います。来年もがんばってほしいな、と心から思いました。

2008年9月25日 スランプ

最近、自転車のタイムがのびない、来院数が増えない、開業日記の更新ができない、など(さほど深刻に考えているわけではないのですが)若干スランプ気味です。考えてみれば全く運動をしていなかった人間が運動をし始めた当初は運動能力が目に見えてのびるのは当然でしょうし、ゼロ同然の状態から始めた医院の来院数が右肩上がりなのも当たり前といえば当たり前であったかもしれませんん。そしてひまがつらい、というほどひまな状態で開業日記をつらつらと書いていたのもさほど努力を要したとも思えません。こうして振り返ってみると今こそもう一段上をめざすために努力が求められているのかもしれません。それも闇雲な努力でなく、工夫して効率を上げる努力が。どうもひまに慣れすぎてわずかな隙間の時間を使って勉強したり、このページの更新をしたりするような生活から遠ざかってしまっていたかなと、ちょっと反省しました。

仕事も生活もマンネリになっているつもりはないのですが、きびしく見張られていない生活の中では自分で自分を見張っていかなければならないのかも知れません。医学の進歩から置いていかれないよう、体力の低下を招かぬよう、このページが廃墟にならないよう、努力していきたいと思います。

8月17日 高校の同窓会

開業日記を書き始めて初めて1ヶ月以上空いてしまいました。言い訳になりますが、おかげさまで診療時間内の更新(診察が30分以上はぽっかりと空かないと難しい)が最近困難になってきていることと、大学に入って帰省中の息子と昼間の休憩時間を過ごしていたこともありました。いくつかは書きかけの原稿(ツールドフランスやテレビコマーシャルなどに関して)もあったのですが、一気に書かないとなかなか仕上げられないものです。

さて、そんな中、15日に倉敷のアイビースクエアで行われた、卒後30年を記念した高校の同窓会に行ってまいりました。十数年前に行われた会であった顔ぶれもいましたが、本当に30年ぶりに会う友人や恩師に感慨深いものがありました。あちこちで昔話に花が咲きましたが、本当にいろいろな思い出話がついこの間の話のように思われました。みんな話をするのに忙しく、食べ物にもろくに手をつけない人が多いように思われました。笑いもたえず、あちこちを歩き回って気がつけば5時からの会がもう8時半です。2次会の誘いに半分以上の人がなだれ込んでいき、私もいつまでもそこにいたかったのですが、16日を休診にしていなかったので帰らねばなりません。名古屋への終電の時間が迫り、幹事の方の厚意で挨拶をさせていただいた後に後ろ髪をひかれながら駅に向かいました。

みんなそれぞれにいろいろな世界で活躍はしているのですが、人間は高校時代のまま、そんな感じがしました。人間の性格、雰囲気はそんなに変わるものではないのかも知れません。また会える日を楽しみに、元気をもらって帰ってきました。

2008年7月7日 ウィンブルトンでの死闘

私はテニスはできませんが、NHKが中継してくれるのでウィンブルトンでの全英オープンはときおりテレビで楽しんでいます。昨夜は男子シングルスの決勝でした。ここ数年はフェデラーが圧倒的に強く、手に汗握る試合というのは楽しめなかったのですが、昨年の決勝では今回の相手と同じナダルとフルセットの戦いの末5連覇を達成、成長を重ねるナダルを今年も退けることができるか、大変興味がありました。年配のテニスファンは覚えていると思いますが、約30年前(大学生だった私は友人とともに真夜中にテレビにかじりついていましたが)ボルグが2年にわたりマッケンローと、同じようにすごい試合をしたことがありました。5連覇を果たしたボルグ、6連覇を阻んだマッケンロー、いずれも目に焼きついています。今回のケースは大変似たものを感じます。30年前もボルグを応援していましたが、今回もしらずしらずフェデラーを応援していました。

今回もまたすばらしいシーンの連続で、なかなかビデオをまわして寝ようという気にさせてもらえませんでした。さすがに3セット、4セットのタイブレークをフェデラーが制し、ファイナルセットが雨で中断した午前4時前に、もうこれは寝なければいけないと思って、テレビを切りました。結果はできるだけ知らずにビデオを見たいと思いますが、これだけメジャーな大会だとさすがに難しいでしょうか。

来院される方の中にはそんなに寝ずに外来をしないでくれ、とおっしゃる方もあるかも知れませんが、勤務医時代のことを考えればこれくらいは何でもありません。病院の先生方に比べればしっかり寝ていますのでご心配なく。(とはいえ、ベストを尽くしているとはいえないかも知れませんので今後は気をつけたいと思います。)

2008年6月20日 医療行政の転換

「医療費は抑制しなければいけない、医者が増えすぎると医療費が増えるから、医者が増えるのを抑えなければいけない。医療費が増えすぎると経済に重い負担になり、日本が二流国に沈んでしまう」という医療亡国論に従い、医学部の定員を減らし続けてきた政策がついに転換されようとしています。間違いを正すのに遅すぎるということはないともいえますが、医学部の定員を増やしてから戦力になる医師が増えるのは少なくとも8年、本当の戦力になるには15〜6年の年月がかかることを考えると本当に大きな失政だと思います。むろん考えた役人や閣議決定した政治家に悪意があった訳ではないのでしょうが、一方では善意でやった医療の結果が悪かったために刑事訴訟となっている医師がいることを考えると不公平だな、と思ってしまいます。この失政のためにどれだけの人が本来受けられるべき医療を受けられなかったのか(これからしばらくの間も受けられないのか)、どれだけの医者が睡眠も満足にとれずに働かなければならないのか。ゆとり教育の転換の時にも思いましたが、少なくとも間違いを認めて、誰の責任であったのかを明らかにして転換してもらいたいものだと思います。間違いを認めない、といえばテレビのキャスターもそうです。ついこの間まで散々救急医療を批判し続けていたのに、すみませんでしたのひとこともなく、擁護のコメントばかり。言わないよりはましかも知れませんが、かっこよくはありません。

実はそんな人たちばかりではありません。奈良の病院、医師に「恥を知れ!」ということばで結んだ文章をスポーツ新聞に載せた記者がいました。ホームページに掲載された記事をみて、私は抗議の文章を送りました(おそらく何百という同様の文章が送られたと思います)。その記者はもとの文章を消すこともせず、自分が不勉強のままに怒りに任せてもとの記事を書いたことをわびた文章をのせていました。とても好感が持て、これこそが自分の発言に責任を持つ立場だと思いました。

2008年6月11日 秋葉原の事件

先日の日曜日秋葉原で大変な事件が起きました。突然の不幸に見舞われた方々に心からおくやみ申し上げます。さて事件そのものについてはさまざまなマスコミが論じているので、私の意見を述べることは避けますが、どうしてマスコミはこのことにほとんど触れないのかということが気になることがあります。それは多数の人を殺傷しナイフをふりかざす犯人に果敢に向かっていき取り押さえた警官の方々を讃えることばが聞かれない事です。仕事とはいえ多くの人々の命を守るため命をかけて取り押さえたことをもっとほめてもいいのではないかと思います。拳銃があるじゃないかという人もいるかも知れませんが、流れ弾や後の非難のことを考えると刃物を振りかざして向かってきたときになかなか引き金を引く決断も難しいでしょうし、一瞬のためらいが自分の命、同僚の命にかかわってくるのです。つくづく大変な仕事と思います。何十万人の警察官のうちごくごく一部の不心得な人が悪いことをすると鬼の首をとったように報道するのに、どうしてこうした報道をかるく流せるのか、不思議に思います。いつこういう場面に出くわしてもよいように体を鍛え、逮捕術をみがき、心の準備をしている数多くの警察官の一部がが、たまたま遭遇した場面で(残念ながら無事にではないですが)見事職務を果たしたのです。キャスターの皆様ももう少しほめてあげてはいかがでしょうか。お疲れ様、ありがとうと(全国の警察官の皆様に)申し上げます。

2008年6月2日 開業2周年

早いもので、本日で開業2周年を迎えました。多くの方々のご厚意に感謝し、社会と職員のためにもさらなる発展をめざしていきたいと思います。3年目もよろしくお願いします。

2008年5月19日 琵琶湖にいけず

5月の10日、11日と二日かけて自転車による琵琶湖一周を予定していましたが、風邪の悪化と天候の不良から、残念ながら中止しました。大変心残りではありますが、あくまで修行に行くのではなく楽しみに行くつもりですし、風邪をこじらして後の仕事に差し支えるようになっては通院してくださる皆様やスタッフに対して申し訳がたちません。ずいぶん続いた晴天の後に狙い済ましたような悪天候に日ごろの行いのわるさかな、とも思いましたが、そこまで(天の神様に気をかけていただくほど)の大物ではなく、次のチャンスに楽しみをとっておくことにしたいと思います。本格的に暑くなる前にチャンスがあるでしょうか?

2008年5月5日 だれがいったの?

あまり読まない日本経済新聞を斜めに読んでいると、築地市場の移転予定地から大量のベンゼンがみつかって、うんぬんという記事が目にとまり、そこには「環境基準並みのベンゼンを含んだ水を70年間飲み続けると10万人に1人の割合でがんが発生する可能性があるといわれている。」と書いてありました。これにはちょっと小首をかしげた後、笑ってしまいました。もちろん、他の原因でがんになった人を除いて、と好意的に読んだつもりですが、70年間で、10万人に一人がんが増えるということが意味があることかどうか疑問(というより意味の無いことがはっきりしている)ですし、どういう検証をしたらこのことを確認できるのだろうと思いました。1億人ぐらいを2つの群に分けて、半分はまったくベンゼンの含まない水をのませ、残り半分は環境基準ぎりぎりの水をのませ、70年間観察する。もちろんその他の条件は全く同じになるように調整する。このくらいのことが仮に出来たとしても10万分の一の違い(飲ませた方に500人のがんが70年間に余分にみられるという結果)は検出できないでしょうし、そんなばかげた研究はとても成立しないでしょう。少し考えてみれば疫学の研究をしたことがなくても、ノイズの大きさよりはるかに小さいと思われるこの結果が得られるはずがないということが良くわかると思います。この記事の引用元はいったいどこなのでしょうか。是非書いた記者に聞いてみたいものです。もしかするともとの文章は環境基準内の水の安全性を訴える文だったのかも知れません(そうだとしてもその根拠を知りたいですが)。揚げ足取りのようにとられるかも知れませんが、このような根拠をもとにベンゼンの危険性を論ずる記者やその記事をのせる新聞社を信用してよいものかどうか疑わしくなります。「何々といわれている」とう表現はとっても便利ですが、ちゃんと確固たる根拠を示してほしいものです。

2008年4月20日(24日記) 倉敷の同級生たち

19日に大学の同門会があり、泌尿器科医の仲間たちとの情報交換をした後、翌日は中学、高校時代を過ごした倉敷に行ってきました。多少駅前は変貌していましたが、あちこちに懐かしさを感じました。午前中は高校時代の友人に仕事上の相談に行き、夕方には大変面倒見のよい中学時代の友人が自宅で開いてくれたミ同窓会に行ってきました。開院のときにはるばる倉敷から医院まで来てくださった先生を囲み10人ほどの同級生が集まりました。その友人がつってきたメバルなどをいただきながら、いろいろな話で大変もりあがりました。なかでも中学当時どちらかといえば魅力的なワルであった別の友人が大きなスーパーマーケットの店長になっており、穏やかな礼儀正しい口調で仕事の苦労を語ったり、(私が尋ねた)人を束ねるこつやトラブルの解決法などについてすばらしい理論を展開したりしていたのに大変感心しました。経営者としてまだまだビギナーの私としては大変良い勉強をさせていただいたな、と思いますし、新しい出会いを大事にすると同時に昔の友人との交流もまた、大切にして行きたいなと思います。

2008年3月30日 年度末

6月に開院した当院は、正確には開業してまだ2年になりませんが病院を退職して本格的に準備を始めたときから数えると区切りの春を迎えました。このたびは2年後との保険制度の改訂があり、今回は高齢者の保険制度など大きく変わる部分もあって、対応に追われています。電子カルテの差し替えや新しい制度の勉強なども大変ですし、解釈が分かれるようなあいまいな通達にどう対応していいのか近隣の開業医の先生と相談したりしています。保険情報の入力などに手間のかかることもあり、診察までの待ち時間が若干長めになる方もいらっしゃるかもしれません。ご容赦の程よろしくお願いします。

今日は机の上にうずたかく積まれた(というより積んだ?)未処理の書類の山を少しだけ整理してみました。先延ばししたくなることも多いのですが、元気をだしてかたづけて行きたいと思います。

5月には自転車での琵琶湖一周にも挑戦してみたいと思います。

それでは皆様、新年度もよろしくお願いします。

2008年3月9日 名古屋国際女子マラソン

北京オリンピックの選手先行レースとして名古屋国際女子マラソンが好天の下、多数の有力選手が参加して行われました。注目の高橋尚子選手は残念な結果に終わりましたが、シドニーから8年を経て栄光に燃え尽きることなく次の目標に向けて努力されたことには本当に頭が下がります。お疲れ様でした。
私もローラー台の上で同時にスタートを切り、1時間30分を目標にがんばりましたが、途中5分ほど来客があったこともあり、タイムは1時間35分40秒でした。30kmまでは1時間でいけるのですが、やはり失速しました。ふつうの中学生、高校生なら初回でいきなり出せるタイムと思いますが、メタボ中年としてはわれながらよくここまで来たと、「自分をほめてやりたい」気持ちです。もう一息がんばって、車いすマラソンと勝負できるところまで行きたいと思いますが、もう1年はトレーニングが必要と思われます。あと15分ぐらい、なかなか大変そうです。